【ウクライナ】聖ソフィア大聖堂

壮麗なドームが連なる、聖ソフィア大聖堂の全景。

キエフの中心に建つ聖ソフィア大聖堂。
9世紀後半~13世紀、現在のウクライナには、キエフを首都とするキエフ大公国が存在していました。東ローマ帝国の影響を受けてキリスト教文化を受け入れたこの国は、988年にキリスト教を国教としたのです。
やがて、キエフ大公国は中世ヨーロッパ最大の国家へと成長すると、ヤロスラフ1世の命により、1037年にこの聖ソフィア大聖堂が建立されることとなりました。
聖ソフィア大聖堂という名称は、東ローマ帝国の首都であるコンスタンティノープル(現在のトルコ・イスタンブール)にあった、大聖堂アヤソフィアに由来して名付けられたものです。
聖ソフィア大聖堂が歩んだ歴史

外観の一部は、あえてレンガの構造をむき出しにしている。

高さ約78mの大鐘楼。大聖堂の正面入口にあたる。

象徴的な緑と黄金色のドーム屋根。
聖ソフィア大聖堂の内部には、図書館と大学が設けられ、大公の戴冠式や葬儀など、国の政治・文化における重要な役割を担っていました。
しかしその後、キエフ大公国は領土をめぐる諸侯の争いで衰退し、13世紀になると、モンゴルの侵攻を受けて崩壊することになります。
聖ソフィア大聖堂もこの争乱で被害を受けましたが、その後幾度となく修復が繰り返され、現在の姿になったのは17世紀のこと。金箔で覆われた黄金の丸屋根が特徴的な、ウクライナ・バロック様式の大聖堂へと生まれ変わったのです。
聖ソフィア大聖堂の見どころ

鮮やかな壁画やモザイク画で装飾された、大聖堂内部(アプス)。

中央のドームに描かれている「不滅の壁のマリア」と呼ばれるモザイク画。

ヤロスラフ1世と4人の娘たちを描いた11世紀の壁画(Wikipedia Commons)。
聖ソフィア大聖堂の内部の壁には、モンゴル軍による破壊を免れた、11世紀の色鮮やかなフレスコ画やモザイク画がいくつも残されています。
なかでも、中央のドームに描かれている「不滅の壁のマリア」と呼ばれる聖母像のモザイク画や、大聖堂を築いたヤロスラフ1世と4人の娘たちの壁画は非常に有名。
1990年には、「キエフ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キエフ-ペチェールスカヤ大修道院」の一部として、世界遺産に登録されました。

冬の聖ソフィア大聖堂。

クリスマス・シーズンには、大聖堂前の広場でクリスマス・マーケットが開かれる(Marianna Ianovska / Shutterstock.com)。
DATA
◉アクセス:地下鉄マイダン・ネザレージュノスティ駅から、徒歩で約7分。
◉休業日:木曜日