最近、若い女性たちの間でも大人気の『鳥獣戯画』。
ウサギやカエル、サルなどの動物が、相撲を取ったり、水遊びをしたり、綱引きしたりと、墨で生き生きと描かれたこの800年前の絵巻物は、現在のマンガにも用いられるような手法が見られることもあって、「日本最古のマンガ」ともいわれています。
そんな『鳥獣戯画』の代名詞ともいえる「甲巻」について、詳しい内容をご紹介していくこの連載。
今回は、23紙からなる「甲巻」の、第5紙~第7紙までを解説してみたいと思います!

甲巻「第5紙 – 第7紙」。
~ 第5紙 ~
草原の情景が続き、その先には、芦を枠にして丸い蓮の葉で作った弓矢の的が現れ、賭弓(のりゆみ)の場面が始まります。
「すやり霞」的表現がしだいに消えていき、水平的な風景が次の場面の導入を予想させます。
こうした映像の巧みな変化は、映画の「オーヴァーラップ」を連想させる手法。「オーヴァーラップ」とは、ひとつの画面を消しつつ、重ねて次の画面を写し出していく技法で、「二重写し」とも呼ばれます。
『鳥獣戯画』にはこうした技法が散りばめられていることから、しばしば動画、とりわけ「アニメーションの元祖」とも呼ばれています。
弓矢の的の前では、キツネが自分の尻尾を股からくぐらせ、尻尾の先にまさしく「狐火」を灯して、松明(たいまつ)の代わりにして的を照らしています。
さらに左へと視線を移していくと、ウサギとカエルがそれぞれ弓矢の腕前を競っている場面へと続いていきます。
的の近くにもウサギとカエルが描き込まれていますが、その手と指に注目。
ウサギもカエルも、なにかを数を数えているようなしぐさに見えます。これはおそらく、的に当たった矢を数える「数差(かずさし)役」なんだろうということが想像できます◎
~ 第6紙 ~
アングルを水平に保ちつつ、賭弓の場面が続きます。
第6紙のほとんど1紙分を、「射る側と的のあいだの空間」として使っています。これは、水平方向に伸びる絵巻物の空間を、巧みに利用した表現。
絵巻物は、1紙ずつを左から右へと巻き取っていくことで、場面がどんどん左へと進行していきます。
本来の鑑賞では、次にどんな場面が出てくるのかはわからないようなしかけになっています。そのため、こうした「間」の場面を作ることは、絵巻物の物語世界をダイナミックかつドラマティックに演出する手法なのです。
~ 第7紙 ~
第6紙の水平のアングルがしだいに変化していき、後ろに控えているウサギたちを境に、ほとんど俯瞰の状態になります。
巧みなアングルの変化に注目しましょう。
また、あぐらをかいて弓を点検しているウサギや、ずんぐりとしたカエルの背中など、単純な擬人化ではなく、動物の身体構造にとっても無理のない姿勢をしており、かなり細かい観察に基づいていることが指摘されています。
最後尾では、弓矢と扇を持ったウサギが後方を振り返り、なにかに手招きしているのが分かります。
これは、第8紙での展開を予感させる表現。
前回解説したとおり、「かすり霞」は場面転換を意味する表現装置ですが、絵巻物にはここに描かれたウサギのように、これから続く場面のほうに視線を変えて、シーンとシーンの連続性を担保する表現もよく使われます。
特に、『鳥獣戯画』甲巻ではこうした表現が意識的に多用されています。
出典:『世界に誇る鳥獣戯画と日本四大絵巻』 山口 謠司 監修(メディアソフト)

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