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【イギリス】マンセル要塞「海上の廃墟に建国された、自称”世界最小の国家”」

マンセル要塞の建設経緯

イギリス南東部の北海へと注ぐ、テムズ川マージー川の河口付近にそびえ立つ、錆びついた巨大な構造物群「マンセル要塞」

これらの建物は、第二次世界大戦中にイギリス軍によって建てられた、海上の要塞でした。

1942年、沿岸の対空防衛の拠点として要塞海上トーチカが建設され、設計者ガイ・マンセル(Guy Maunsell)にちなんで、「マンセル要塞」と名付けられました。

ちなみに「トーチカ」とは、機関銃や火砲などを備えた、鉄筋コンクリート製の堅固な小型防御陣地のことです。

対空防衛の要であったマンセル要塞。戦時中には150~300人のイギリス海軍兵が駐留していたといいますが、戦後は放棄され、廃墟となりました

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マンセル要塞のトーチカのひとつ。壁などはすっかり錆びてしまっている。

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無数のトーチカが並ぶマンセル要塞。

「世界最小の国家」を自称する、「シーランド公国」

その後、1960年代にこの廃墟となったマンセル要塞に目をつけた元イギリス陸軍少佐だったパディ・ロイ・ベーツ(Paddy Roy Bates)がトーチカを乗っ取って不法占拠し、「独立宣言」を発表。

マンセル要塞「シーランド公国」と名付け、「世界最小の国家」として名乗りを上げたのです。

彼はもともと、イギリス国内で海賊放送を運営していたのですが、イギリス放送法違反で訴えられたことをきっかけに、当時イギリスの領海外にあり、イギリスの法律が適用されないマンセル要塞に目をつけたというのがその経緯です。

イギリスは、強制的にロイ・ベーツを立ち退かせようと裁判に訴えましたが、シーランド公国がイギリスの領海外に存在し、またイギリスを含めて周辺諸国が領有を主張していなかったことを理由に、「イギリス司法の管轄外」という判決が下されました。

その後、ロイ・ベーツは、2012年に91歳で亡くなりましたが、当時シーランド公国の「摂政」を務めていた息子のマイケル・ベーツが父の後を継ぎ、「2代目シーランド公国大公」に即位。

世界はその存在を公式に認めてはいませんが、誕生してから50年以上が経過した今もなお、シーランド公国はマンセル要塞と共に存在し続けています。

↑ 海上から見たマンセル要塞。まるで映画のセットのよう。

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↑ 窓のガラスも割れてしまっている。

↑ 絵になる……。

↑ 廃墟ファンを虜にするマンセル要塞。最近は、船でわざわざ訪れる観光客も多い。

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◉アクセス:船またはヘリコプターをチャーター。

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