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【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」

西洋の美の歴史は、つねに性愛とかかわるものでした。あまたの巨匠たちが性を想起させ、異性を誘惑する魅惑の肉体を備えたヌード画を描き、究極の美を追求してきたのです。

このシリーズでは、世界に名だたる西洋絵画の巨匠たちと、彼らが究極の美を追い求めて描いた名画をご紹介していきます◎

誰もが知る名画には、いったいどんなエロティシズムが隠されているのでしょうか?

第8回目は、日本の芸術「ジャポニズム」からも強い影響を受けたナビ派の画家、ピエール・ボナール「午睡」についてひも解いてみましょう。

物憂げな午後の「シエスタ(昼寝)」

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」01

「午睡」。1899-1900年、油彩・カンヴァス、109×132cm、ヴィクトリア国立美術館所蔵。

19世紀末フランス・パリで形成された一群の画家たち、いわゆる「ナビ派」のなかで、ピエール・ボナールは、ジャポニスムに影響を色濃く受けて「日本的ナビ」と呼ばれました。

本作のように、輪郭線はぼやかされ、巧みな色彩表現によって、光あふれる世界を描くボナールは、ナビ派(ナビは予言者の意)のなかでも際立った存在です。

本作「午睡」は、ボナール自身がナビ派としての最盛期の頃に描かれた秀作のひとつ。散乱したベッドの上に横たわる裸婦の姿は、露骨に性行為のあとであることを連想させます。

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」02

一時の快楽に浸った女性は、そのけだるさに身をまかせるように眠る。その表情も判別がつかないほどに輪郭線を徹底的に排除した本作は、光のコントラストのみが現実を形づくっている。ボナールの特徴が十二分に発揮された絵である。

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」03

陰影によってエロティシズムを獲得した上半身と違って、背中から臀部にかけてはそれをさらにむき出しに曝すかのように、強い光が当てられている。波打つような裸婦の肉体表現と、厚ぼったい印象のある寝具や雑貨の描写が相まって、女性の裸体は独特の存在感を獲得している。

うつぶせの裸体の構図は、ベラスケスも影響を受けたとされる「眠るヘルマフロディトス」にインスピレーションを得たものとされています。また、腰からお尻にかけての日差しによる明るさと顔の部分の陰影が、昼下がりのけだるさ、ひいては情事のあとのけだるさを的確に表現しています。

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」04

別名『眠れるヘルマプロディートス』と呼ばれる『ボルゲーゼのヘルマプロディートス』。

壁紙の装飾や煩雑に置かれた雑貨、床で横たわる犬なども画面に描き込まれ、当時の生活をうかがい知ることができます。

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」05

ボナールがより印象派的作風に近づいた頃の作品。「逆光の裸婦」(1908年、油彩・カンヴァス、124×108cm、ブリュッセル、王立美術館所蔵)。より色彩のコントラストは鮮明で、光自体が振動するような画面が特徴的。

「日本的なナビ」と呼ばれたボナール(1867-1947年)

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」06

ボナールの肖像写真。

1867年、陸軍省の役人の次男として、フランスに生まれたピエール・ボナールは、大学入学後、法律の勉強に励んだものの、同時に絵画も学んでいました。このときにポール・セリジュモーリス・ドニといった画家たちと出会い、のちにナビ派を結成することとなります。

ナビ派は、「芸術はひとつの抽象だ」というゴーギャンの言葉に触発された新進の芸術家グループ。印象派への反発から生まれたとされる一方で、同時に多大な影響を受けてもいたのです。

なかでもボナールは、セザンヌに心酔し、次のように語っています。「印象派を初めて見たとき、かつてない感激、発見、解放を感じました。印象派は私たちに自由をくれたのです」

同時に、ボナールは日本の浮世絵や美術品などを愛好し、ナビ派のなかでも「ナビ・ジャポナール(日本かぶれのナビ、日本的なナビ」と呼ばれました。しばしば彼の作品の大胆な構図は、浮世絵の影響が指摘されています。

ボナールは1893年に生涯の伴侶であるマルトと結婚しますが、病弱な彼女の療養を兼ねて、南仏へ移住。1947年、同地でボナールは亡くなりました。

出典:『世界の官能名画―光と闇に彩られた官能絵画の祭典』(メディアソフト)

【世界の官能名画美術館 #8】ピエール・ボナールの「午睡」

『世界の官能名画―光と闇に彩られた官能絵画の祭典 』(メディアソフト)

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