「麻の葉」、「七宝(しっぽう)」、「籠目(かごめ)」、「千鳥」……。
いつだったか、どこかで聞いたことのあるこれらの名前は、私たち日本人になじみの深いもの。日本に古くからある伝統模様の名前です。ひとことで「模様」といっても、その背景にある歴史や意味は奥深く、縁起もさまざま。
そんな日本の伝統模様のなかから、今回は「菱(ひし)」をご紹介します。
「菱(ひし)」の由来と意味
水草の一種である「ヒシ(菱)」の葉と実に形が似ていることから名付けられたのが、「菱」模様。算数で習ったひし形「◇」です。
じっさいのヒシの実は、ひし形に見えなくもないコウモリが羽を広げたような形で、両端がとても尖っています。忍者が使う道具「撒菱(まきびし)」は、もともとはこのヒシの実を乾かしたものを使用していたんだそう。

水草の「ヒシ(菱)」。平地のため池、沼などに多く、水面を埋め尽くすように生える。

ヒシの実。まさに、コウモリそっくり。
そんなヒシの実は、栄養価も高く薬効もあることから、古来より重用されていました。子どもの健康を祈るひな祭りの「菱餅(ひしもち)」に、かつてヒシの実が入っていたのも、そんな理由から。「菱餅」の名の由来は、このヒシの実なのです。

ひな人形の道具のひとつにも入っている「ひしもち」。
菱模様のバリエーション
菱がひとつなら、「菱形」。菱形の基本は横長で、縦長のひし形になると「立菱(たてびし)」と呼びます。
さらに、菱形がみっちりと連続したものは「繁菱(しげびし)」、少し間隔を置いて菱形が並んだものは「遠菱(とおびし)」となり、また、マトリョーシカのように小→大の菱形が重なっているものは、「入子菱(いれこびし)」となります。
このように、菱模様は「菱形」をベースに数千もの種類があるといわれるほど、バリエーションの豊富な模様なのです。

「入子菱(いれこびし)」。

菱形と菱形を重ねた「重ね菱」。
「花」に関連した菱模様
そんな菱模様のなかでも特に種類が多いのが、花が組み込まれた菱模様です。
おおもとになっているのが、「唐花菱(からはなびし)」。唐(中国)で生まれた「唐花(からはな)」という花模様を菱形にしたもので、「花菱(はなびし)」と略されます。
そして、4つの花菱が合体してひとつの菱形になったものは、「幸菱(さいわいびし)」と呼ばれます。
このほかにも、菊・葵・杜若(カキツバタ)・藤など、じつに多種多様。もちろん、花だけでなく、「雲」や「青海波(せいがいは)」、「松葉」、「鳳凰(ほうおう)」などなど、さまざまな意匠・文様が菱形に組み込まれ、織物や工芸品に使われています。

「唐花菱(からはなびし)」。

「変わり花菱」。

「菱菊(ひしぎく)」。

「花菱」のバリエーション。

「唐草菱(からくさびし)」。

「菱青海波(ひしせいがいは)」。
「家紋」も菱だらけ!!!
菱模様の家紋を、「菱紋(ひしもん)」といいます。菱形のアレンジなわけですが、数百種類はあるそうです。
有名なのは、「武田菱(たけだびし)」。戦国時代の武将、武田信玄の家紋です。シンプルで力強い!
家紋ではありませんが、グローバル企業グループである「三菱(みつびし)」のマークは、通称「三角菱(さんかくびし)」。創業者である岩崎弥太郎(いわさきやたろう)の主君だった、土佐藩・山内家の家紋「三つ柏(みつかしわ)」が由来とも、岩崎家の家紋「重ね三階菱(かさねさんがいびし)」が由来ともいわれています。

左から、「菱紋(ひしもん)」、「武田菱(たけだびし)」、「重ね三階菱(かさねさんがいびし)」。
「菱形」は英語で「ダイヤモンド」
「菱型」を英語にすると、「ダイヤモンド(Diamond)」。なんともゴージャス! そして「ダイヤ形」といえば、トランプカードのダイヤ「◆」が思い浮かびます。
このトランプの「ダイヤ」は、「お金」を意味するとされています。ダイヤモンドにお金……。

ダイヤのトランプカード。
非常にシンプルな模様の「菱形」ですが、そこにはとっても豊かな意味が詰まっているのです!