【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」

西洋の美の歴史は、つねに性愛とかかわるものでした。あまたの巨匠たちが性を想起させ、異性を誘惑する魅惑の肉体を備えたヌード画を描き、究極の美を追求してきたのです。

このシリーズでは、世界に名だたる西洋絵画の巨匠たちと、彼らが究極の美を追い求めて描いた名画をご紹介していきます◎

誰もが知る名画には、いったいどんなエロティシズムが隠されているのでしょうか?

第9回目は、「黄金様式」とも称される作風を確立したオーストリア・ウィーンの画家、グスタフ・クリムト「ダナエ」についてひも解いてみましょう。

世紀末によみがえる、ギリシャ神話の美女

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」01

「ダナエ」。1907-8年頃、油彩・カンヴァス、77×83cm、個人蔵。

レンブラントも描いた、ギリシャ神話に登場する王女ダナエ。この数奇な運命をたどった女性が、神ゼウスと交わる場面は、多くの西洋画家にインスピレーションを与え、時代を超えてさまざまなダナエ像が模索されました。

なかでも特異なダナエ像といえば、世紀末のオーストリアウィーンで活躍した、グスタフ・クリムト「ダナエ」

透けている薄布に包まれて、胎児のように身を屈めている裸体のダナエは、赤毛が印象的な女性として描かれています。半ば開けられた口と閉じられた目は眠りのなかのように見えると同時に、どこか、性的な恍惚を暗示しているようにも思えます。これは、クリムトが好んで用いた表情のひとつ。

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」02

半ば眠っているようにも見えるダナエの表情は、クリムトが愛用した表現のひとつ。世紀末ウィーンに誕生したデカダンス的な作風のなかで、性に陶酔する一種の恍惚が表わされている。

右手は顔の近くに添えられていますが、左手は足に隠れて見えません。位置的に、まるで自分の性器を愛撫して、自慰にふけっているようにも見えます。そして、神ゼウスが変身した金貨のような黄金の雨が、ダナエの股間に降り注いでいます。

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」03

あたかも股間をまさぐっているような手。左足の太ももに隠されて、その指先がいずこに触れているのか判別がつかないが、それゆえにいっそう、ダナエの恍惚の表情が何事かを示唆しているかのように見える。

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」04

ギリシャ神話では、ダナエが幽閉された青銅の塔へと降り注ぐ黄金の雨に姿を変えたとされる神ゼウス。本作ではまるで金貨のような黄金の粒子となって、ダナエの股間へと降り注いでいる。

神と女性の交わりが、妖しく巧みに表現された1枚です。

世紀末ウィーンの巨匠、クリムト(1862-1928年)

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」05

クリムトの肖像写真(1914年)。

グスタフ・クリムトは1862年、オーストリア・ウィーンの金銀細工師の家に生まれます。クリムトが幼少期の頃、オーストリアでは経済バブルがはじけ、厳しい不況に見舞われていた時代でもありました。

1876年、クリムト14歳のときに、ウィーンの新設の美術工芸学校に入学。在学中に同窓生らとアトリエを経営し、美術史美術館や市立劇場の装飾を手がけるなど、頭角を現わし始めることになります。

1897年に、「伝統からの分離」をうたう分離派のグループが旗揚げされると、クリムトはその初代会長となり、独自の路線を歩み始めました。

特に1900年代以降、「金」が画面に占める比率が上がり、「黄金様式」とも称される作風を確立。性的な高揚感の一方で、生と死の不安を描き、晩年になるとより死のニュアンスが強くなっていきました。

その晩年、すでに若い芸術家たちからはかえりみられなくなっていたクリムトは、アフリカ芸術に大きく惹かれ、新たな芸術の意欲とするも、それが作品として結実することなく、1928年に脳卒中で倒れて亡くなりました。

出典:『世界の官能名画―光と闇に彩られた官能絵画の祭典』(メディアソフト)

【世界の官能名画美術館 #9】クリムトの「ダナエ」

『世界の官能名画―光と闇に彩られた官能絵画の祭典 』(メディアソフト)

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