レインボーな架空映画館「テアトル・オネェ」の支配人を務めます、ヴァニラ・ノブです◎ 新旧・内外・ジャンルも問わず、オススメの映画を取り上げてご紹介させていただきます。
今回の上映作品は、1997年のウォン・カーウァイ監督によるオシャレ系香港映画、「ブエノスアイレス」!
「ブエノスアイレス」のおすすめポイント
■ 90年代のオシャレ系香港映画といえば、ウォン・カーウァイ作品
■ レスリー・チャンとトニー・レオン、アジアを代表するイケメン俳優がゲイカップルを演じる!
■ 今なお古びない、濃密な愛の変遷
◎秋といえば …… コレよね?
今からもう21年も前に公開されたのに、秋になるとなぜだか見直したくなる映画なのよね……。
秋という季節がそうさせるのかしら? それとも過去に経験した恋愛がそうさせるのかしら?
……なんだかんだ理由を考えて、今年もこの季節、「ブエノスアイレス」を観るアタシ。
◎気になるあらすじは……?
自分たちの関係をやり直すため、香港から地球の真裏の国、アルゼンチンのブエノスアイレスにやって来たウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のカップル。
いつもケンカしては別れるものの、結局、ウィンの「やり直そう」というひと言で元に戻る、まるで惰性のような関係の繰り返し。
この旅でも、途中、滝の落水を思わせるランプを見つけたのをきっかけに、地球最大の滝「イグアスの滝」を訪ねることを思いつくんだけど、またもや諍(いさか)いを起こして、2人は決裂してしまうのね。
それからしばらく経って、ファイはアルゼンチンのタンゴバーでドアマンの職を得て働いてたの。そこにウィンが白人客と連れ立って姿を見せ、それとなしにファイを挑発。
しばらくすると大ケガをしたウィンから「助けてほしい。最初からやり直そう」という連絡が。しかたなくファイは、「傷が癒えるまで」と、ウィンを迎え入れることに。
なんだかんだ言ってもファイはうれしくて、かいがいしく世話を焼くのよ! でも反面、「この傷が癒えたら、ウィンのことだからどっかに行ってしまうんじゃないか……」という不安も。
そこで、ファイはウィンのパスポートを隠すことにするの。案の定、回復したウィンは彼の元を去ってしまう。でも、かたくなにパスポートを渡さないファイ。
そんなとき、ファイは兵役前に世界の果てを見ようとアルゼンチンに来た若者、チャン(チェン・チェン)と出会うんだけど、彼は人の心を声で読めるらしく、ファイはチャンに徐々に魅了されていくの……。
◎90年代のシャレオツ人間が大好きな、ウォン・カーウァイ

ウォン・カーウァイ監督。カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した今作「ブエノスアイレス」では、脚本を書かず、撮影直前に俳優にメモ書き程度の指示を与え、即興による演技をさせたことで話題になった。(LaCameraChiara / Shutterstock.com)
監督のウォン・カーウァイといえば、「欲望の翼」や「恋する惑星」、「天使の涙」など、90年代に香港から日本のみならず世界で注目されていた作品を発表していた方(もちろん今も現役)。
まさについ最近公開されていた、「SUNNY 強い気持ち・強い愛」で描かれていた時代の中にいたキーパーソンのひとりで、カメラマンのクリストファー・ドイルが撮影した、手持ちカメラで浮遊するような、そして露出を無視したようなコントラストと、ざらついた感じの映像もオシャレ~と相まって、多くの若者たち(アタシも含めて)に熱狂的な支持を得ていたっけ。
◎試写会に同行したは、ドラァグクイーンの至宝!
アタシはこの映画を、朝10時からの試写で見たのね。同席したのは、今も現役で毎月京都の「Metro」ってクラブで”ドラァグクイーンの宝”と言われている、シモーヌ深雪さん。
普段、遅刻が当たり前の先輩なんだけど、この試写にはちゃんと来られていて、アタシもびっくり。ご本人も「寝ないで来たの」と言ってたから、よっぽど期待してらっしゃったんだろうなぁ……。
アタシは、「ウォン・カーウァイがゲイ映画をつくった」という意外性と、「レスリー・チャンとトニー・レオンという、アジアを代表するイケメン俳優がゲイカップルを演じる」という話題性で観なきゃって思ってたくらいだったんだけど、観終わったときには、もう骨抜きにされたというか、吸い取られたというか……。
とにかくボーッとしちゃって、試写室を出てからいろんなことを話したくて、シモーヌ深雪さんにお付き合いしていただき、カフェでアレコレ話し込んだことを覚えてる。
◎20代のアタシに衝撃を与えたの……
↑ ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のダンスシーンは有名。
たとえば、成瀬巳喜男(なるせ みきお)監督の「浮雲」、マヌエル・プイグの小説『ブエノスアイレス事件』や『蜘蛛女のキス』に影響受けてるとか、「映像を日記のように積み重ねてるから、観る人にアレコレと考察させるのかしら?」とぶつけてみたり、濃厚なラブシーンでの「白ブリーフ姿のトニー・レオンが最高だったわぁ。やっぱ白ブリーフはエロいよね」とか(後に知ったことだけど、このラブシーン、撮影初日にいきなり監督から言われたそうで、”冗談だろう”って思ってたら真剣だったようで、言葉に従って演じてるうちにパンツまで脱ごうってことになって、その後トニーは何日かショックで落ち込んだそう)、モノクロとカラーで描いている理由とか(これも後に知ったけれど、”寒い夏”に見せたかったということでモノクロで撮影し、2人がやり直そうとする場面はカラーにして対比を出したそう)、「で、結局、2人はどうなる? どうなったんだろう?」って予想してみたり……。
琴線に触れた映画の話題は尽きず、ふと気づけば夕方近くになっていたわ。
少なくともまだ20代だったアタシにとっては衝撃的な映画だったし、「いつかこのぐらいの恋愛をできるんだろうか?」って自問自答したわね(後によく似たことはあったけど……)。
そしてなにより、男同士の恋愛が特別なものじゃなくて、当たり前のことに感じられた映画だった……。
◎亀の甲より年の功? 経験が大事なのよ
↑ 2003年に自らこの世を去ったレスリー・チャン。

現在56歳のトニー・レオン。今も国際的俳優として活躍している。(Denis Makarenko / Shutterstock.com)

現在42歳のチャン・チェン。現在もアジア映画のほか、国際的な映画にも出演し、活躍している。(Andrea Raffin / Shutterstock.com)
2003年にレスリー・チャンが自死したとき、その死因に対していろんな憶測が飛んだけれど、アタシは自然と「ブエノスアイレス」のウィンと重ねて、涙が止まらなかった。
それでしばらくは「ブエノスアイレス」を再見することができなかったんだけど、40歳の誕生日を迎えたとき、友だちが数本のゲイ映画のDVDセットをプレゼントしてくれて、そのなかにこの映画があったので久しぶりに観たんだけど、いろんなことが去来して涙がこぼれっぱなし……。
それと同時に、初見のときにシモーヌ深雪さんと話したことがストンと理解できたりして、”アタシも歳とって、いろんな経験したからかなぁ……”って思ったりしたわ。
それとなにより、2時間くらいある内容だと思っていたら、90分ちょっとだったのに驚いちゃった! 愛の変遷の濃密さに、時間を長く感じていたみたい。
「選んだ孤独は良い孤独」ってフランスのことわざにあるんだけど、秋はそういった孤独をある意味楽しめる季節。そんな気分に浸りたい方、「ブエノスアイレス」を肴にどうかしら?
MOVIE DATA
「ブエノスアイレス(原題:春光乍洩、英題:Happy Together)」
■ 監督 …… ウォン・カーウァイ
■ 出演 …… レスリー・チャン、トニー・レオン、チャン・チェン ほか

ブエノスアイレス (字幕版)
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