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【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」

西洋の美の歴史は、つねに性愛とかかわるものでした。あまたの巨匠たちが性を想起させ、異性を誘惑する魅惑の肉体を備えたヌード画を描き、究極の美を追求してきたのです。

このシリーズでは、世界に名だたる西洋絵画の巨匠たちと、彼らが究極の美を追い求めて描いた名画をご紹介していきます◎

誰もが知る名画には、いったいどんなエロティシズムが隠されているのでしょうか?

第15回目は、”ヴェネツィア派の巨匠””色彩の錬金術師”と称される画家、ティツィアーノが描いた、”西洋における美の基本像”といわれる「ウルビーノのヴィーナス」をひも解いてみましょう。

「横たわるヴィーナス」の完成

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」01

「ウルビーノのヴィーナス」。1538年、キャンバス・油彩、119×165㎝、フィレンツェ、ウフツィ美術館蔵。

前回ご紹介したジョルジョーネが最初期に横たわるヴィーナスの図像を描いたのならば、これを完成形へと近づけ、世に広めたのがティツィアーノです。

その後、ベラスケスゴヤマネといった未来の画家たちの手本ともなった1枚が、この「ウルビーノのヴィーナス」。

ウルビーノ公フランチェスコ・マリーア1世・デッラ・ローヴェレの依頼によって制作された本作は、主題をジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」に寄りながらも、理想化を拒否しています。ティツィアーノは、女神を同時代の生活環境のなかに置いたのです。

ヴェネツィア風の自宅のなかで、女神は裸で寝そべり、いたずらっぽく鑑賞者を見つめます。背景では2人の女中が家事にとりかかっており、この生活感がより女神の裸体を現実のものに近づけているのです。

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」02

画面のこちら側に向かって視線を投げかける女神。鑑賞者と視線を交わすような構図は、後年になってマネの「オランピア」にも取り入れられている。その視線は物憂げで、唇はかすかに笑みを浮かべているようだ。ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」と比べても、生々しいエロティシズムを感じさせる。また、右手に握られた一束のバラは、図像学的には永遠の愛と忠誠の象徴とされる。

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」03

女神の左手は陰部を隠しているが、「慎みのヴィーナス」のポーズと異なって、ただ隠すだけではないようである。その指先はまるで秘所を弄んでいるようにも見える。小指には高価な宝石がついた指がはめられ、手首の曲線が腹の緩やかなシルエットをなぞることで、女性の柔らかな肉体美を表現している。

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」04

女神の足元には子犬がうずくまり、眠っている。女神の裸体を見ることができるのは、この犬のみである。これは忠誠と献身の象徴とされ、女神の輝くような美しさと彼女が生み出す快楽を味わうことができるのは、女神の恋人のみであることを暗示している。

ちなみにウルビーノ公は、息子のグイドバルド2世・デッラ・ローヴェレの寝室に飾るために、本作を依頼したと伝わっています。

グイドバルドは、本作を用いて、思い人であったカメリーノ卿の娘ジューリア・ダ・ヴァラーノを口説こうと考えたといい、結果、グイドバルドはジューリアの愛を得ることができました。

魅惑的なエロティシズムをたたえる「ウルビーノのヴィーナス」は、ひとりの女性を魅了するほどの「アルス・アマトリア(愛の技法)」(もともとは、ローマの詩人オウィディウスによって西暦元年頃に作られた恋愛術の指南書)に役立てられたというわけですね!

”ヴェネツィア派の巨匠”、”色彩の錬金術師”ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488〜1576年)

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」05

自画像、プラド美術館 (1567年頃)。

フィレンツェから始まったルネサンスの胎動は、やがて1世紀ほど遅れてヴェネツィアへと伝わっていきました。

16世紀に黄金期を迎えた「ヴェネツィア派」では、その後の西洋絵画の伝統に大きな影響を与える巨匠、ティツィアーノが活躍することとなります。

早熟だったティツィアーノは、わずか9歳にして、ヴェネツィアのモザイク画家セバスティアーノ・ツッカートに弟
子入り。その後、ジェンティーレの工房を経たのち、ジョヴァンニ・ベッリーニの工房で学びました。

ここで出会った兄弟子のジョルジョーネは、ヴェネツィア絵画の確立者として有名であり、ティツィアーノは彼から多大な影響を受けることとなります。

1516年にはヴェネツィア共和国の公認画家となり、サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂の有名な祭壇画「聖母被昇天」を手がけるなど、大いに活躍しました。

【世界の官能名画美術館 #15】ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」06

サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂に描かれた、「聖母被昇天」(1516年~1517年)。

その後、神聖ローマ皇帝カール5世やその息子フェリペ2世から絶大な信頼を得ると、彼らはティツィアーノの終生のパトロンとなりました。

多くのパトロンの庇護を受け、ルネサンス期の画家としては88年という長い生涯のなかで、膨大な作品を残しているティツィアーノ。とりわけその豊かな彩色技術は、人々をして「色彩の錬金術」とまで言わしめ、名実ともにヴェネツィア派の巨匠として活躍しました。

ティツィアーノが手がけた作品は、真作数で約300点、工房作品も含めると500点を超える数を残しています。

出典:『愛と美の官能名画』(メディアソフト)

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