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映画「彼が愛したケーキ職人」【テアトル・オネェ 第13回】

Doccaの架空映画館、「テアトル・オネェ」。アタクシが支配人のヴァニラ・ノブです◎

新旧・内外・ジャンルも問わず、オススメの映画を取り上げておりますが、今回は、12月1日(土曜日)から全国順次公開される、イスラエル・ドイツの合作映画「彼が愛したケーキ職人」です!

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◎「彼が愛したケーキ職人」のおすすめポイント

■ “同じ男性”を愛していた、切なく美しい男女の物語

■ 「エルサレム」という街のことがよく分かるわよ◎

■ 「”喪失感”というものはこういうことだったのか」という、大人の作品!

◎気になるあらすじは……?

ドイツはベルリンに暮らすケーキ職人、トーマス(ティム・カルクオフ)が働くカフェに、出張のたびに訪れるイスラエル人のオーレン(ロイ・ミラー)。2人はやがて恋人関係に……。

でも、オーレンには奥さんも子どももいるのね? トーマスはそれを分かったうえで付き合ってる。

月に一度の逢瀬、限られた時間のなかで、めいっぱい愛し合う2人……。このときだけを楽しみに、トーマスは暮らしているの。

その日の朝も、「また来月」とオーレンを送り出したんだけど、それ以来ぷっつりと連絡が途絶えてしまう。

「何かあったんじゃないか?」と思うトーマスだけど、そこはワケありな関係。しばらくは我慢をするものの、やはり居ても立ってもいられない。しかも、オーレンが残した忘れ物もある……。

ということで、ベルリンのオーレンの会社を訪ねてみると、なんと交通事故で帰らぬ人となっていたの!

絶望に打ちひしがれるトーマス……。

一方、中東のエルサレムに暮らすオーレンの妻アナト(サラ・アドラー)も、あまりに突然のことで何から手をつけていいのか分からない状態……。とはいえ、生活もしていかなきゃならない。

ということで、義理の兄の助けもあって、休業していたカフェを再開することにしたんだけど、まだ小さい子どもを抱えての仕事は、なかなかままならない。

そんなとき、カフェの客として現れたのが、なんとトーマスだったの!

「エルサレムで職を探しているからここで働きたい」という彼に、最初は断るアナト。でも、忙しい現実を考えて、結局彼を雇うことになるんだけど……?

◎エルサレムの異文化も不思議なの

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世界遺産にもなっている、エルサレム旧市街。中央にユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」があり、そのすぐ上にイスラム教の聖地である「岩のドーム」がある。(JekLi / Shutterstock.com)

いろんなことが去来した作品だったわぁ……。

まず、「エルサレム」という特殊な街ね!

中近東の都市として有名だけど、「3つの宗教の聖地」と呼ばれる場所でもあるの。「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」の信者が混ざり合って暮らす多民族都市で、ユダヤ人の聖地とされる「嘆きの壁」は、聞いたことがあると思う。

そういうこともあって、長く激動の歴史を歩んできたエルサレムは、現在、イスラエルとパレスチナ自治政府がそれぞれ領有権を主張していて、今も複雑な領土問題を抱えている場所でもあるのね……。

そこにはいろんなルールがあって、大きなもので、本作でも重要なキーワードとなってくるのが、ひとつは「シャバット」と呼ばれるユダヤ教の安息日。

金曜日の日没から始まって土曜日の日没に終わる「シャバット」は、日没が1日の区切りとなるユダヤ教にとって、とても大事なもの。

公共交通機関はストップし、ほとんどのお店も閉店。労働もお金のやりとりもしちゃいけない決まりなの。

映画「彼が愛したケーキ職人」【テアトル・オネェ 第13回】03

ユダヤ教の安息日「シャバット」には、ロウソクを灯し、祈りをささげ、「ハラー」と呼ばれるパンとワインを用意するのが一般的。

もうひとつは「コシェル(カシュルート)」という食物規定。

これは『聖書』にもとづいて解釈された食べ物に関する規定のことで、豚肉、甲殻類は禁止、牛や羊、鶏は食べてもいいけれど、決められた屠殺方法で食肉にされていないとダメ。

厳しく戒律を守る「正統派」と言われる人たちの家では、キッチンや食器、カトラリーも分けられているほどなの。

◎交錯する人間関係をぜひ見て!

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イスラエルにある、コシェル(カシュルート)認定を受けた「マクドナルド」。(Boris-B / Shutterstock.com)

アナトの経営するカフェは、そんな「コシェル」の認定を受けているお店。ゆえに、非ユダヤ人のトーマスを働かせるというのは、じつはアウトなの。

彼女自身は、”そこまでうるさくしないでいいでしょ”という考えなんだけど、手助けをしてくれた義理の兄は「正統派」だけに、トーマスが働くことをよくは思ってないのね。

それでもトーマスに働いてもらうことになったのは、ひょんなことから彼が作った、クッキーの美味しさ。

そのクッキーは亡くなったオーレンも大好きだったもので、出張に行くたびにお土産として買ってきたりしてたの。

アナトは、そのドイツの店にトーマスがいたことは知らないんだけど、クッキーの味は彼女の舌の記憶にも無意識に残っていたのね。

その残酷さは、後になって分かってくるんだけど……。

やがてアナトのカフェは、”スイーツが美味しい店”ということで繁盛するものの、実際はルールすれすれだから、みんな気が気じゃない。「コシェル認定」を剥奪されたら店が成り立たないし……。

そんななか、トーマスとアナトの距離は徐々に近づいていくの……同じ男性を愛した者同士……。

◎複雑な人間模様と思考……観た人の感想も聞きたいわ!

↑ トーマス役のティム・カルクオフ。2018年アメリカの『バラエティ(Variety)』紙が選ぶ、「観るべきヨーロッパの10人の俳優たち」に選出された。

この映画を観ながら、ずっと考えてたの。”トーマスはなんで、亡き恋人のいたエルサレムへ来たんだろう?”って。ドイツから約5時間の場所だけど、”なぜ仕事を辞めてまで、その地にとどまる決意をしたのか?”って……。

月に一度の出張のときにしか会えない存在。それも妻子ある人で、自身の中では納得していたのに。それでもトーマスがエルサレムに来た理由って……。

愛する人を失った喪失感がそうさせたのか……。

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アナト役のサラ・アドラー。フランス・パリ生まれのイスラエル人女優で、フランス、イスラエル、アメリカで活躍している。(Matteo Chinellato / Shutterstock.com)

ちなみに、世界的なファッションデザイナーのトム・フォードが、2009年に初めて監督した映画シングルマンは、長年のパートナーの事故死によって、自分も死を望むようになる大学教授の喪失感を描いていたけれど、そちらは気持ちとして消化できたのね?

でもこの作品では、その理由をずっと探しながら観ていたの。そして、”多分それはトーマスも同じなんじゃないかな”と思ったの。

オーレンが通っていたジムのロッカーで見つけた、“彼が身につけていた水着”、アナトから貸される“彼の服”、息子が男性も好きだったことをそれとなく知っている、オーレンの母親が案内する“彼の部屋”……。

それらが、今はもういない彼の存在を改めて認識させ、過去をアップデートさせていく。それに伴って、アナトと近づく理由も明確になるんだけど、それは果たしてトーマスにとっていいことなのか……?

それはラストを観て、みなさんにもぜひ考えてもらいたいなぁ……。

MOVIE DATA

「彼が愛したケーキ職人(THE CAKEMAKER)」

■ 監督 …… オフィル・ラウル・グレイザー

■ 出演 …… サラ・アドラー、ティム・カルコフ、ゾハール・シュトラウス、ロイ・ミラー ほか

■ 公開 …… 2018年12月1日(土)

■ 公式HP …… http://cakemaker.espace-sarou.com/

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