昔「「夜桜お七」をソラで歌えたらゲイとして一人前よ」と、先輩ゲイ姐さんに言われた結果、今もしっかりソラで歌える架空映画館「テアトル・オネェ」支配人のヴァニラ・ノブです。今回上映するのは「黒蜥蜴」。
◎「黒蜥蜴」のおすすめポイント
■江戸川乱歩原作を文豪・三島由紀夫が戯曲化したの!
■結果としてキッチュでケレン味たっぷりのモンドムービーとなった作品
■美輪明宏版と見比べるのも面白いわよ
◎気になるあらすじは……?
江戸川乱歩原作で名探偵・明智小五郎が主人公の探偵小説を、あの、三島由紀夫が戯曲化。それを元に1962年に映画化されたのが今作なんだけど、世界的にも知られている美輪明宏(当時は丸山明宏)版は今作より6年後につくられたので、映像としてはこちらが最初。
自分の価値観にあった美しいモノを盗む女賊・黒蜥蜴が、宝石商で大富豪の岩瀬が扱う宝石“エジプトの星”と、彼の一人娘である早苗をコレクションにしようと画策、それを阻止しようと明智小五郎が闘いを挑むという話。
◎こちらを高く評価する理由は……

京マチ子主演の大映映画「楊貴妃」(1955) のスチール写真。(パブリック・ドメイン)
ゲイ界の国宝、美輪明宏主演の作品よりも、実はゲイ、こちらの作品を好きな人が多いの。なぜかというと、結果として作品がキッチュでキャンプに仕上がってしまっているから。美輪明宏版がジェンダーを超えたカルトムービーとするなら、こちらはジェンダーを絞りたおしたようなモンドムービー(見世物的映画)なの。
主演は、ご高齢ゆえに引退状態だけど(95歳!)、未だご存命でらっしゃる、京マチ子。
黒澤明監督の「羅生門」や溝口健二監督の「雨月物語」「赤線地帯」、衣笠貞之助監督の「地獄門」、小津安二郎監督の「浮草」、市川崑監督の「鍵」など映画史に必ず出てくる監督の作品に出演されてる、本当の大女優。
そんな彼女がガス抜きでもしたくなったのかしら、こういった映画を引き受けたのは今となってはよくぞ出てくださったわぁと、ひれ伏したいくらいだわ。
オープニングから三島由紀夫作詞、黛敏郎作曲のテーマソングに乗せてかつて在籍していた大阪松竹歌劇団(OSK)で培ったダンスを披露、ムチを片手にパシュンッパシュンと打ちながら踊る京マチ子。このお姿、メイク、完全にドラァグクイーンなんですけど!
毒々しいまでの色使いと、パンツ姿の男性ダンサーとの競演は、ゲイの心掴むには十分すぎる幕開けなのよ。
◎とにかくモンドムービー化した作品なの
監督は井上梅次。今もオールドファンに支持されてる俳優、石原裕次郎の代表作「嵐を呼ぶ男」をはじめ「嵐を呼ぶ楽団」など、ミュージカルテイストを貪欲に邦画に取り入れた作品を発表し、今作も探偵映画というジャンルに、大胆にミュージカルテイストを融合させてしまってるの。ま、その結果、モンドになってしまったわけなんだけど・・・。
のちに近藤真彦や少年隊などジャニーズ系のアイドル映画で音楽映画として昇華させ、テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で放映されていた「江戸川乱歩の美女シリーズ」ではモンドを昇華させてるわ(小川真由美主演で「黒蜥蜴」をリメイクしているし)。
三島由紀夫の戯曲化は、セリフを歌舞伎のように割ゼリフにしていて、これは舞台で見ているとそれほど違和感を感じないんだけど、映像で見るとどうしても違和感が漂ってしまう。でも、そこは京マチ子という唯一無二の存在でケレン味をたっぷりちりばめた演出でキメてくれるから、キッチュなんだけどちゃんと演技として説得力を持たせてくれるのね。
◎大女優の演技のすご味なの
そういえば今から10年ちょっと前、京都の南座で「あぁ嫁姑」っていう京マチ子と赤木春恵が主演の舞台があって、これはやっぱりゲイとしては見ておかなきゃいけないでしょと、観劇したんだけど、一場丸々、旦那の不満を言いながら二人でお酒を飲みだし、やがて酔っていってそれまで仲が悪かった嫁姑の関係が徐々に緩和していくという芝居を、それはもう見事な演技で最後にはソファの上ではしゃぐという芝居を見せてくれたんだけど、それはもう見事で酔っていくプロセスの演技、時折見せる旦那への寂しさを垣間見せる動きとか… 当時はもう80歳を過ぎてたはずなのにそこには40代くらいの嫁にしか見えなかった。その説得力は今も覚えてて、心から感動してしまって、それからしばらく彼女が出てる過去の作品をDVDで観直していたわ。
今作でも、ほかに男性に化けた黒蜥蜴がホテルを抜け出す場面もミュージカル仕立てになってて、一歩間違えば小っ恥ずかしくて観てらんないってなるところだけど、これがちゃんとキメと説得力を感じさせるから楽しめるの(まぁ若干、一周も二周も廻ってな部分は否めないけど・・・)。
ただ、個人的に気持ち的にざわついてしまうのが、脇役として異彩を放った怪優・三島雅夫演じる大富豪の岩瀬が出てくるシーン全て。演技が異様に大仰で、俳優として大丈夫かしら? と、疑問を持ってしまうほどだいぶん大根入ってるのよね。でもそれがかえって舞台と映画の垣根を取っ払っちゃった感を持たせてくれるから、監督の力技って凄いわぁって思っちゃう。
ドラァグクイーンの中では口パク案件(リップシンクショウのネタとしてセリフの一部分や歌を使うときの候補)にいつもタイトルが出るものの、いまだオリジナルの濃さを超える自信がないって流されてる作品。この岩瀬と黒蜥蜴とのやりとりがネタとしてハードルを上げているひとつかもしれないわね。
◎いろんな種類の黒蜥蜴も楽しんでみて
クライマックスでは、彼女の美しいものをコレクションしている隠れ家が登場するんだけど、低予算とはいえ、今観るととても立派な洞窟のセット、そこで一気に舞台みたいになってくる。
明智小五郎と黒蜥蜴は、写真でいえばポジとネガの存在だけど、完璧なものを求めているのは一緒というのがわかるやりとり、そして敵対するもの同士だけどその実、惹かれあっているという皮肉が、江戸川乱歩の小説を見事に換骨奪胎してしまった三島由紀夫の美学にも通じていて、以後、何度もリメイクされ、女優のみならず女形も演じたい役柄の一つとして君臨してるのもわかるわぁ。
まずは今作を観て、美輪明宏版、そして小川真由美版(DVDが出てる!)、さらに舞台版にも広がっていくと様々な黒蜥蜴のカタチを楽しめると思うわぁ。アタシは早くドラァグクイーン版の黒蜥蜴が観たいけど。
2017年には中谷美紀、井上芳雄 で舞台化。美貌の女盗賊”黒蜥蜴”が繰り広げる耽美と闇の世界『黒蜥蜴』は、時代を超えて作品化されています。
MOVIE DATA
「黒蜥蜴」
■ 監督 井上梅次
■ 原作 江戸川乱歩
■ 出演 ……京マチ子、大木実、叶順子、川口浩、三島雅夫 ほか