令和になっても新旧・内外・ジャンルも問わず、ゲイにまつわるオススメの映画を取り上げてご紹介させていただく架空映画館「テアトル・オネェ」。支配人を務めますヴァニラ・ノブです。
今回取り上げるのは、2006年に日本で公開されたミュージカル映画「プロデューサーズ」。
1968年に公開されたメル・ブルックス監督の同名映画を、2001年にブロードウェイでミュージカル化したものをさらに映画化したもの。これと同様な流れの作品は以前取り上げた「ヘアスプレー」よ。
◎「プロデューサーズ」のおすすめポイント
■ ブロードウェイのショウビズ裏話をドタバタで描いたミュージカル
■ ゲイの存在感が思っきし輝き、なぜゲイがミュージカル好きかもわかるわ
■ 陽気な内容の裏にテロの影も・・・。
◎気になるあらすじは……
昔はブロードウェイでヒット作を連発していたものの、今は駄作ばかりで不入りが続きすっかり落ち目のプロデューサー、マックス・ビアリストック。
ある日、彼のオフィスに会計士、レオ・ブルームが派遣され、帳簿を調べられたことから話は意外な方向へ。
実は配当のことを考えると、成功した芝居よりも失敗した芝居のほうが利益を産むことにレオが気づき、それを聞いたマックスは破産を避けるために、計画的に芝居を失敗させ、出資者から集めた資金をだまし取り、大もうけする詐欺興行の方法を思いつくの。気の弱いレオは、マックスから一緒に演劇のプロデューサーになろうと言われ、本人もまんざらでもなく、その計画に加担することに・・・。
詐欺興行のためには、とにかく失敗をしなくちゃならない。そのためには最悪の脚本、最悪の演出家、最悪な俳優を探し始めるのね。
まずは脚本。おびただしい脚本をチェックする中、とうとう見つけたのが、悪名高きナチスの指導者だったヒトラーをこよなく愛するドイツ人、フランツが書いた「ヒトラーの春」という炎上必至の大問題作。ヒトラーに心酔している気難しい彼をなだめすかして、何とか契約にこぎつけた次は、ロジャー“エリザベス”デブリという演出家を訪ねる二人。バリバリのオネェの彼、さらに助手でパートナーのカルメン・ギアを含め、彼が組むメンツは全員レインボーチーム。「アタシ、歴史物は苦手だし、重い話はイヤだからムリ味~」と断られるも、演劇のアカデミー賞的、トニー賞を狙えるかもというマックスの口説き文句に開き直って「陽気(ゲイ)にやるなら!」ということでこれまた契約にこぎつけるの。そして小金持ちのおばあちゃんたちをかたっぱしから集めて、手練手管で口説いては出資を募り、さらに最悪な俳優を選ぶオーディションでもこれでもかという強烈な個性の方たちが・・・ さらに、英語がろくに話せないスウェーデン訛りの役者志望の女性も加わって、いよいよ失敗確定、炎上ウェイティングなミュージカル「ヒトラーの春」の幕が上がるが・・・ って話。
◎そう… あの事件の真っ只中だったわ

(Kamil Polak / Shutterstock.com)
このミュージカル、2001年にブロードウェイで開幕したんだけど、主演が「Mr.レディ Mr.マダム」のアメリカリメイク版「バードケージ」でお馴染みになったオープンリー・ゲイのネイサン・レインと、「トーチソング・トリロジー」というゲイにとってはとても重要な映画に出演していて、青春映画の名作「フェリスはある朝突然に」に出てるマシュー・ブロデリック(「SATC」のキャリーでおなじみのサラ・ジェシカ・パーカーは奥さん!)だし、何より前評判が高かったから本当に観たくて観たくてしょうがなかったの。でも、チケットは当然のごとく完売状態だったんだけど、その年の9月11日にニューヨークなどでアメリカ同時多発テロが引き起こされたの・・・。そのニュースを知って、友人でかつて阪神大震災でお母さんを亡くした経験のある女流落語家の桂あやめさんが、「こんな時こそニューヨークへ行ってお金落とさんと! 震災の時、募金も嬉しかったけど、何より神戸にみんな来てもらうことが励みになったから」と話していて、「では行きましょうか!」ってことで、勢い、テロから1ヶ月半後の10月下旬にニューヨークへ二人旅してたわ。

マシューとサラ・ジェシカ・パーカー夫妻(lev radin / Shutterstock.com)
テロが起こった影響でニューヨークへの観光客も激減し、ブロードウェイで公演中の舞台も大打撃。「プロデューサーズ」をはじめとした公演中のミュージカル出演者たちがブロードウェイは元気です! というメッセージビデオをつくったほどだったから推して知るべしで、行きの飛行機から日本人はほぼおらず、街中も地元の人がいる程度。ハロウィンシーズンだったけど、またその時期にテロがあるかもって言われてたから全体的に自粛ムードで寂しかった。そしていつもは観光客でごった返していたティファニーもガラガラだったわね。
とはいえ。
桂あやめさんはそのおかげで限定のパーティーバッグが購入できたし、アタシも諦めていた「プロデューサーズ」のチケットを手に入れることができて、念願の舞台を見ることが叶ったの。勢いで来たとはいえ、お互い目的を果たせて、微々たるもんだけど、彼の地にお金を落とすことができて良かったねぇと酒飲みながらしみじみ話したものよ。
◎やっぱり、ブロードウェイはこうでなくっちゃ

レオ役マシュー・ブロデリック(左)がマックス役ネイサン・レイン(右)のツーショット。( Featureflash Photo Agency / Shutterstock.com)
舞台は映画と同じネイサン・レインとマシュー・ブロデリックがマックスとレオを、ロジャーもゲイリー・ビーチが演じていて、とにかく街全体がテロの影を引きずり沈み込んでいたので、その雰囲気を劇場の中から払拭しようという空気が溢れていて終始爆笑に次ぐ爆笑、そしてカーテンコールでは自分も含めて観客は涙、涙。
◎舞台作品の映画化って少し抵抗はあるわよね
そんな個人的に思い出のある舞台だったから映画化されると聞いたときはどうなるんだろうと思ったけれど、監督も舞台と同じ演出家スーザン・ストローマンだったので満足したわ。ただ正直、映画的に見ると、まるで舞台中継を収録したものにちょっとプラスアルファしたような感は拭えない。だけど、舞台で繰り広げられた丁々発止のやり取りやテンポ、そして空気感は凝縮されてたわ。何より、脇役やちょい役にまで、ブロードウェイミュージカルを観ている人なら嬉しくなるようなミュージカル俳優を使っているの。さらにセリフにも玄人ウケするものがたくさん散りばめられてる。もちろん、ミュージカル初心者にも楽しめる工夫もちゃんと用意してあるわ。
ゲイとしては、最悪な演出家、ロジャーたちが登場する場面は、もうお腹抱えて笑えるし、監督もここに一番力を入れたんじゃないかしら? と思うくらいゲイのキャンプな部分を余すところなく味わえるわね。そして「ヒトラーの春」の凄すぎるヒトラーのキャラクター。ここまで史上最悪な独裁者をバカにしてくれるともう最高! 遊び心に徹したエンディングロールも合わせてまでしっかり観て楽しんで欲しい作品よ。
MOVIE DATA
「プロデューサーズ」(原題:The Producers)
■ 監督 スーザン・ストローマン
■ 脚本 メル・ブルックス、トーマス・ミーハン
■ 出演 …… ネイサン・レイン、マシュー・プロデリック、ユマ・サーマン、ウィル・フェレル、ゲイリー・ビーチ ほか