最近、おからパウダーにハマっている架空映画館支配人、ヴァニラ・ノブです。新旧・内外・ジャンルも問わず、オススメの映画をゲイ目線で取り上げてご紹介させていただいてます。
今回の上映作品は、6月7日(金)から公開される「ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた」。
◎「ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた」のおすすめポイント
■ 今の父親と娘ってこんな感じなのかしら
■ 歌われる曲がいいわー
■ レズビアンが自然に描かれる“今”の映画観
◎気になるあらすじは……
ニューヨークはブルックリンの海辺の街、レッドフックでレコードショップを経営するフランクは、過去に妻を事故で亡くし、男手ひとつで一人娘のサムを育ててきたの。もともとミュージシャンだった彼は、その夢を捨てて生活のために店を経営してきたわけだけど、その経営はなかなかうまくいかない上に、サムは医学部に進学するために親元を離れることになるのね。そこで彼が下した決断は17年間やってきた店を閉めることだったの。
そんなある日、サムとの別れを惜しむように一緒にセッションすることを持ちかけるフランクパパ。彼女は渋々、昔書いたという詩を持ち出して一緒に曲作りをすることに。
そこで生まれたのが、この映画のタイトルにもなっている「ハーツ・ビート・ラウド(鼓動は激しく響く)」。
これがいい曲なのよ~。
フランクパパも「いい曲だなぁ」と感心し、思い出作りの一環としてレコーディングすることに。でもって、その曲を聴きなおしてみると、ミュージシャン時代の血が騒いだのか、いてもたってもいられなくなって、彼女に無断で音楽ストリーミングサービス「Spotify」にアップロードしてしまうのよ。で、これが予想をはるかに超えて世間でバズりまくってしまったから、さぁフランクパパ気をよくするというか、調子に乗っちゃって~、テンション上がりまくりでサムに「おい! 一緒にバンドしようぜ! 父と娘で一攫千金狙おうや! 大学なんて一年くらい延期してもいいじゃん!」てな、夢見る夢子ちゃんみたいなユーチューバーみたいなことを言いだして、ガンガン攻め込んでくる始末。彼女自身は別にミュージシャンになろうとも思ってもいないし、本来は医者になりたいと思ってるからパパの発言にウザさ全開。
さらに曲の評判を聞きつけた音楽事務所のスタッフが訪ねてきて、一緒にやらない? みたいに声をかけてきたものだから、さらにエンジンがかかってフランクパパの暴走は止められない。断るサムに対して、つい亡くなった母親のことを出してきたもんだから、サムは怒りマックスで家を飛び出して・・・。さて親子の関係はどうなるのか、さらに閉店を迎えるレコード店の行く末は、はたして・・・って話。
◎男って、いつまでも子どもよね
フランクパパはもうね、ガキなのよ。時間が“男の子”で止まっちゃってる。生きがいだった(というかベストフレンドね)娘は進学のために家を出てっちゃうし、レコード店はうまくいかないし、一人暮らししている母親は認知症気味でトラブル起こしてゲンナリするし、だからこそ降って湧いたような曲のバズりに、ここぞとばかり次の生きがい(依存するもの)が見つかった~てなもんで、そら飛び付くわよね。諦めていた夢が再びくすぶりだした父親が、だんだん調子に乗ってくる様が腹立たしくもあり、気持ちもわからないでもないわ。
反面、娘のサムは大人。意識してかしてないのか、母親のいない穴を埋めようとしてる。でも、これからの自分の人生も考えなきゃいけない複雑な精神状態。それだけにフランクから音楽のことを持ちかけられたのは、面倒くさいながらも渡りに船だったかもしれないわね。一緒に曲を作ることによって、フランクにもやっと次に謳歌できる“趣味”ができたと思ったから。それだけに、フランクにとって音楽が“趣味”ではなく利潤が伴う“生きがい”になってしまったのがどうしても許せない。この父と娘の葛藤がいいのよねぇ。
◎登場人物たちの絶妙な距離感を観て
そしてレコードショップの大家さん、レスリー。「ヘレディタリー/継承」で超絶演技を見せてくれたトニ・コレット。
そしてフランクのよき相談相手でもあり、時には父親的存在でもあるバーの店主デイブには、テレビドラマ「CSI」シリーズのラッセル捜査官でおなじみの、テッド・ダンソン。
このふたりがフランクの“男の子”の部分を見抜いてて、成長させようと促すんだけど、肩の力が抜けた感があって、ニューヨークに長らく住む人ならではの、おせっかいだけど、距離感をうまく保つ感じがすごく出てる。
これらのキャラクターのアンサンブルが絶品。

レコードショップの大家さん役を演じたトニ・コレット:1994年『ミュリエルの結婚』でオーストラリア映画協会賞主演女優賞を受賞、ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)にノミネート。1999年の『シックス・センス』ではアカデミー助演女優賞にノミネートされた。(Twocoms / Shutterstock.com)

バーの店主デイブ役を演じたテッド・ダンソン:1982年から人気シットコム『チアーズ』に出演し、1990年と1993年にはエミー賞を、1990年と1991年にはゴールデングローブ賞を受賞(Ron Adar / Shutterstock.com)
◎とにかく、現代的なしあわせが詰まっているのよ
でもってさらにアンサンブルにプラスしてくれるのが、サムがレズビアンってこと。
ある時、ひょんなことからローズって子(かわいい!)と知り合い、そして付き合いだすんだけど、これが普通の出来事として描かれてる。
これまでなら娘が自分の元から離れてしまう上にレズビアンだったなんてわかれば、それだけで大騒動になるはず。それが至って自然な流れで描かれてるのも好感が持てるし、これが今のニューヨークなんだなぁ(もちろんこれがすべてではないけど)って思ったわ。
フランクが迎えるレコードショップ閉店の日の出来事、ぜひご自分の目で確かめてほしいわ、観終わって劇場を出る頃には幸せな気分になってるはずよ。
MOVIE DATA
「ハーツ・ビート・ラウド」(原題:Hearts Beat Loud)
■ 監督 ブラッド・ヘイリー
■ 脚本 ブラッド・ヘイリー、マーク・バッシュ
■ 出演 …… ニック・オファーマン、カーシー・クレモンズ、テッド・ダンソン、トニ・コレット、サッシャ・レイン ほか
■公式HP …… https://hblmovie.jp/